2号 発行 2000.2月
なっとく・わが町―金屋町を知る研修会第2回より

今回は、上野幸夫先生(富山国際職芸学院教授)に、「すばらしい金屋町と瑞龍寺について」という題で話しをしていただきました。先生が金屋の町をみて感じたことは、「文化水準が、高い」という事だそうです。私達は、当たり前になっていて何も思わないけど、次のような理由をあげて、説明してくださいました。

個々の家の造りの質が高い

屋敷構え、外観が立派なのに加え、全国の銘石と多種多様な樹木を配した中庭。狭間格子、大戸、衣壁、等も質が良い。

 おもてなし文化を大切にしている

家の造りそのものが、もてなしを目的としている。例えば、豪壮な造りの「オイ」に対して,「座敷」は繊細な造りになっている。中抜き障子から、中庭をながめる造りなど、これらは住んでいる人のためではなく、お客様のためのものである。

 家の内部は個性的である

人より良いもの、変わったものを造ろうとした結果だろうか、それぞれの家ならではの物が見られる。

 住民の間に広まっている文化がある
歴史有る祭りを、伝承している。道端のほこらは、今も大切にしている。

上野幸夫さんの言葉

「壊すことを止めることは簡単だが、維持すること、継承して後世に伝えることは難しい。しかしこれが、我々が唯一できる未来の人たちへの愛情だと思う。」
金森藤平家平面図 喜多万右衛門家正面
上野先生の研修会資料より
代表的な金屋の家の間取図です。
左が道路で中ほどに庭があり、奥に土蔵が2つならんでいます。
土蔵のうしろに、常時火を使用している鋳物工場がありました。
もしもの時には土蔵が防火帯となって母屋への延焼を防ぐ配置になっています。
祭事、行事があるときは、部屋のふすまをすべてはずして、大広間にして使用しました。


 なでしこの部屋

しとみ

昔、千本格子の家の玄関に「しとみ」と言うものがありました。かがんで出入りできる入口がついた大きな扉のようなもので、昼間は上へ押し上げておく木製シャッターといったところです。日の出と共に上げて、日がかげると降ろします。いつまでも降りたままになっているのは、恥ずかしいことでした。当時のお嫁さんは、早く起きてこぎれいに身支度を整えて、「しとみ」を上げなければなりませんでした。今の我が家には「しとみ」がありませんが、祖母はこう言います。「朝いつまでも鍵をかけたままにしておくと、福の神が入ってこられんよ。」と。なんと、福の神を招き入れるためだったのですね。それでも、私は我が家に「しとみ」が無くて良かったと思う、しかたもない嫁です。