ウソかホントか川にまつわる裏話


新幸橋は明治29年の洪水の時に流された。

うん、確かに。いまにも壊れそうになっていて、市役所へ何度も新しくしてほしいと頼みにいったらしい。しかし、らちがあかんので、あの洪水の夜に流れたのではなく住民が流したという話や。

一同 大爆笑

そんなことはないだろう。

うわさにしても、金屋人の気性を現すエピソードですね。

護岸工事のときに波止場をのこしてほしいと頼んだが、「ここだけ残すわけにはいかない。しかし国のほうで町並み保存の話があるから、金屋の通りを石畳にしたらどうか」ということになった。それで石畳になったと聞いているよ。

昔はよく川の向こうとこちらで、けんかをしたそうですね。

道路は舗装されていないから、足元にいくらでも石がころがっていた。それで、川をはさんで石の投げあいをしたもんや。私の家のように川に面していた家は、ガラスの一枚や二枚割れるのは覚悟しとった。
小矢部川と千保川合流地点
小矢部川と千保川の合流地点。右からそそぎこんでいるのが千保川。
ここは江戸時代、交通の要所としてにぎわったそうだ。

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